兵庫県山崎断層帯地震と被害想定 – 播磨で甚大被害

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山崎断層帯地震とは

2010年5月、山崎断層帯が、大規模に動いた場合、兵庫県企画県民部防災企画局は、最新の研究成果に基づき、被害想定を行いました。

山崎断層帯全体が同時に動いた場合、マグニチュード8.0の地震が生じ、震度5以上の揺れが県内の29市9町で生じます。

その中で、山崎断層帯付近の三木市、小野市、加西市、加東市だけでなく、山崎断層帯から離れた、沿岸部の姫路市や加古川市、高砂市、たつの市などで、震度7の強震を伴います。

これは、震度7付近が、震源断層面の破壊方向にあることや、軟弱な沖積層(ちゅうせきそう – 沖積世(完新世)に生成した地)が、分布するため、地震動が、増幅されることなどによると考えられています。

また、神戸市、明石市、宍粟市(しそうし)、稲美市、佐用町(さよ)などでも、震度6強などの、強震が想定されています。

このように、山崎断層帯地震は、決して山崎断層帯付近だけではなく、沿岸部の姫路市などの都市部でも、深刻な被害を及ぼす地震なのです。

山崎断層帯地震の被害予想

2010年、兵庫県企画県民部の報告によれば、山崎断層帯地震での、住宅や道路、公共施設への、直接的な被害は甚大で、建物21万棟が、全半壊し、病院や消防施設などの4割が、被災する可能性があります。

その被災額が、およそ5.7兆円になるといった、衝撃的な報告がなされています。

建物被害を見ると、木造の建物では、姫路市で約1万4000棟、加古川市で約1万棟、高砂市、三木市、小野市で約5000棟、加西市、加東市で約1200棟、宍粟市(しそうし)、稲美町で約400棟で、断層沿い付近だけではなく、沿岸部での被害が大きいのが特徴です。

これは、沿岸部の都市票層地盤が、軟弱な沖積層(ちゅうせきそう – 沖積世(完新世)に生成した地層)から、構成されていることと関係しています。

液状化危険度分布を見ると、姫路市、加古川市などの、都市沿岸部では、液状化指数(PL値)が、15を超えており、液状化の可能性がきわめて高く、大規模な液状化のため、港湾は壊滅的な被害を受けます。

また、強地震動や地盤の液状化のため、埋設された水道やガスなどの、管被害が大規模に発生し、姫路市でおよそ35万人、加古川市でおよそ16万人など断水被害を受け、1ヶ月後でも、加古川市で、およそ2万人などが、断水被害を受けるなど、沿岸部都市で大きな被害を受け、大規模な水不足が長期間続きます。

さらに、姫路市を中心に、石油コンビナート9基や、毒物劇薬の施設、高圧ガス施設のおよそ5割が被災し、油や有毒ガスが、漏洩する可能性があり、地震火災の恐れが、極めて高くなります。

人的被害を見てみると、死者は建物倒壊や火災などで、およそ3900人にもなります。

建物倒壊での死者は、姫路市で368人、たつの市で63人、加東市で38人、宍粟市(しそう)で10など、建物倒壊が多い都市部に集中します。

このように、山崎断層帯地震は、断層から離れた播磨地方の、都市部を遅う地震と言えます。

山崎断層帯付近の過去の地震

歴史時代の大地震として、播磨地方に、大きな被害をもたらした大地震は、868年(貞観10年)8月3日の、播磨国地震(M7+)とされています。

しかし、残念ながら、この地震に関する資料は、ほとんどありません。

わずかに「三大実録」に記録されています。

日本三大実録とは、清和,陽成,光孝天皇三代の編年体の正史。略して『三代実録』ともいう。六国史の一つ。 50巻。宇多天皇の勅令によって寛平4 (892) 年編纂に着手,延喜1 (901) 年完成。源能有,藤原時平,菅原道真,大蔵善行,三統理平 (みむねのまさひら) らの編。天安2 (858) ~仁和3 (887) 年までを扱う。六国史のうち最も整っている。従来の正史では省略されていた上表文や恒例の年中行事も収め,伝記を掲げる人物の対象範囲を広げている。現在伝わっている本文は,『類聚国史』『日本紀略』『扶桑略記』に引用されている本文に比べると,省略や脱落が少くない。『国史大系』所収。【コトバンクから引用】

震央は播磨の国府で、姫路市中心から、およそ10キロメートルの姫路・加古川・高砂3市の接合点付近と一応定め、山崎断層帯の活動による地震と推定されます。

なお、通史編にて、1818年(文化15年)に、<震障り余程>や<大障り>があったなど、地震被害について触れており、山崎から安志谷にかけて、地震(安富断層地震)のあったことを報告しています。

その前の活動は、3400年以降、2900年以前であり、1回のずれ量はおよそ2メートルであり、平均的な活動間隔は、1800~2300年であると、最新の研究から推定されます。

なお、山崎断層帯沿いでは、現在でも、小規模から中規模の地震が多発しており、特に、1984年5月30日の地震は、姫路でも震度4を記録し、地域の人々を驚かせました。

この地震は、山崎断層帯の、暮坂峠断層付近の深さ、14~19キロメートルで発生したもので、余震が35回も生じました。

なお、山崎断層帯沿いでは、阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)にも、微小地震の活動が増えました。