土砂災害 伊豆大島土砂災害と紀伊半島豪雨

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伊豆大島土砂災害の概要 – 火山灰の災害

2013年の台風26号は、伊豆大島の元町地区周辺を襲いました。

24時間雨量、824ミリの豪雨により、火山灰でできた山腹が崩壊し、土石流が発生しました。

死者39人、行方不明者4人、全半壊30戸、250戸が被害を受け、大惨事となりました。

火山灰は、雨で崩れやすく、流動しやすいため、高速で住宅地を襲ったのです。

火山灰土でできた地域では、大量の雨で崩れやすく、被害が発生しやすいのです。

伊豆大島で、土石流はどのようにして発生したのでしょう? その要因とは?

およそ3万年前から、伊豆大島は、100~200年ごとに、何度も噴火が繰り返されてきました。

そのため、溶岩の上には、厚く、降下火山灰が堆積(たいせき)しています。

1338年の噴火では、元町付近へと溶岩が流れ、その上に、その後の火山灰が堆積しています。

透水層である火山灰は、水を通し、不透水層の溶岩は、水を通しません。

元町付近の火山灰は、スコリアと言われる、多数の穴が空いた、黒い軽石でなっているものが多く、とても水をより通しやすいのです。

スコリアとは、岩滓 (がんさい) ともいう。多孔質でやや暗色。鉱滓状を呈し,火山灰,火山砂程度の大きさをさすことが多いが,火山礫,火山弾,火山岩塊などの大きさのものもある。玄武岩などの苦鉄質のマグマの噴火によって産する。軽石は淡灰ないし白色,安山岩質,石英安山岩質,流紋岩質のマグマの噴火によってつくられる点でスコリアと区別される。【コトバンクから引用】

火山灰全体が、火山灰の下の溶岩で、せき止められた水で満杯となります。

溶岩から上の火山灰層は、急勾配なため、やがて一気に崩壊します。

雨水と崩壊した土砂が混ざり合い、一体となり、高速で斜面を流れ下り、土石流となり、大被害となったのです。

当時の雨量は、1時間の雨量が、90ミリを超え、4時間も続き、火山灰層が、限界量を超える雨水を含み、下の溶岩の上を滑ったのです。

雨水と、崩れやすく、細かい火山灰が混ざり合い、固まる前のコンクリートのようになり、住宅地を襲いました。

きめの細かい火山灰は、雨水が地中に浸透しにくく、上を流れていく雨水に、取り込まれていきます。

その土石流が広範囲に、遠くまで、しかも、高速で流れていき、被害が拡大したのです。

紀伊半島豪雨での土砂災害 – 深層崩壊による災害(紀伊半島豪雨の降雨量や河川水位の概要について)

2011年発生した、スピードの遅い台風12号は、紀伊半島を襲いました。

紀伊半島に、南東風が長時間吹きつけ、奈良県上北山村では、連続雨量、1,600ミリ以上を記録しました。

被害の大きかった、熊野川の水位は、9月4日午前2時、和歌山県新宮市相賀(あいが)の水位観測所で、18.7メートルを記録しました。

伊勢湾台風(1959年)の、16.4メートルを上回り、過去最高を記録したのです。

連続雨量が、大きかったことを表しています。

伊勢湾台風以来最大の風水害、死者69人、行方不明者19人の犠牲者を出したのです。

土石流や、深層崩壊による犠牲者のほうが、洪水よりも多かったのです。

紀伊半島豪雨被害 – 深層崩壊による被害

深層崩壊とは、表層から深部までの岩塊(がんかい – 大きい岩石の塊)が、大規模にくずれる崩壊のことです。

深い箇所で、すべり面の発生がありますので、表層だけではなく、深層の岩盤も、崩壊土塊となります。

多くは、10万平方メートル以上にも達し、被害も甚大となります。

なぜ、深層崩壊が発生するのでしょう?

降雨が、長期間に及び、その雨水が、岩盤の割れ目を通じて、地下に深くしみ込みます。

満杯となった雨水が、地下の岩盤の割れ目に、とどまります。

その結果、割れ目に溜まった、水の水圧が高くなります。

浮力を受け、滑りやすくなり、限界を超えると、一気に深層から崩壊するのです。

長期間の連続雨量があり、末期として、短時間の集中豪雨が、引き金になり、岩盤自体のクリープ(斜面の非常にゆっくりとした滑動)や、クラック(亀裂)の発達で、深層崩壊を起こします。

深層崩壊が発生しやすい地質・地形とは?

深層崩壊が発生した、地質や地形について述べていきます。

熊野川上流付近で、深層崩壊が多発しました。

ここの地質は、四万十帯の泥岩(でいがん)や砂岩(さがん)が、褶曲(しゅうきょく – 平らな地層が地殻変動によって波状に曲がること)する地層からなります。

泥岩とは、堆積岩の一つ。泥(どろ)が固まってできた岩石。粘土岩、シルト岩、頁岩(けつがん)、粘板岩など。【コトバンクから引用】

砂岩とは、石英、長石、岩石片などの砂粒(径〇・〇六~二ミリメートル)が固まってできた堆積(たいせき)岩。砕屑(さいせつ)岩の一種。土木建築・砥石(といし)などの材料。しゃがん。サンドストーン。【コトバンクから引用】

そこにより、岩盤クリープ(斜面の非常にゆっくりとした滑動)が発達します。

他の要因としては、流れ盤(ながればん)と呼ばれる構造により、滑りやすいことでしょう。

流れ盤(ながればん)とは、岩盤(堆積岩層、火成岩層、変成岩層、互層状態など)の露頭において地層の傾斜が地形の傾斜に対して同一方向(流れ目)に傾斜していることをいう。地すべりの機構を解析する調査、土木工事では特に切土、また法面成形工事を行う際には注意すべき地質条件である。反対に、地層の傾斜が地形の傾斜に対して交差(差し目)しているのを受け盤という。【Wikipediaより引用】

簡単に言うと、流れ盤(ながればん)とは、地層の傾斜が、斜面の傾斜と同方向の構造のことです。

斜面が多い隆起山地であることが、地形上で確認できます。

最近の隆起帯で、深層崩壊が発生しやすいのです。

中央構造線は、九州東部から近畿地方まで、日本列島を縦断する大断層で、その南部に沿って、隆起山地が分布します。

地形的に細かく見ると、流域面積が広い河川上流部(雨水が集水しやすい集水面積が多い地域)で、比高差(ひこうさ)が大きい地域で発生しやすいのです。

比高(ひこう)とは、近接した2地点の高度差。段丘の高さや,山脈上に噴出した火山の高さなどのように,海抜高度で表わすより,河床からの比高,基盤山脈と火山山頂の比高で表わすほうが地学的に意味がある場合に使用する。 【コトバンクより引用】

熊野川の上流部に位置する、五條市大塔町付近では、川と山が迫る険しい地形で、比高差が数100メートル以上と大きい地区です。

紀伊半島豪雨での浸水被害・土石流被害

浸水被害が大きかった和歌山県新宮市では、2750戸が浸水し、2011年の台風12号で、最大の浸水戸数です。

続いて多いのが、那智勝浦町の2496戸、三重県紀宝町の1321戸、和歌山県田辺町の440戸。

熊野川の、河口付近に位置する新宮市は、急激に水位が上昇し、浸水した家屋が多くなりました。

日置川水系や、熊野川水系には、発電用などの、利水(りすい – 水の流れをよくすること)のみのダムが、12もあります。

河川水量ピーク時に、大規模に放流した結果、下流の水位が一気に増加し、洪水被害を助長しました。

豪雨前に放流するなど、降水調整機能を果たしていなかったのです。

そのため、新宮市会議では、ダム管理のあり方について、議論されています。

那智勝浦町では、最大の犠牲者を出しました。

その多くは、裏山が突然崩れたため、大量の土砂を含む濁流による、土石流の被害でした。

家屋浸水の犠牲ではありません。

那智川流域では、10数の支流で斜面崩壊が発生しました。

その多くが、深さ2メートル未満の、表層崩壊が発生し、崩壊土砂が、そのまま谷を流れ、土石流となったのです。

河床(かしょう – 河底の地盤)を上昇させ、流路を変更させたのは、河床を埋め尽くした、多量の土石流堆積物です。

流木により、より被害を大きくしました。

大規模な植林が、紀伊山地では行われてきました。

間伐や森林管理がされておらず、多量の杉などが、そのまま流れ出しました。

橋桁などにせき止められ、水位をあげ、砂防ダムを簡単に乗り越えて、家屋浸水を助長したのです。